短い雑記

名乗るほどのものではないオッサンの短い雑記です。含蓄のある事、書けと言えば書けますよ。生存確認用ブログです。

愛のコリーダ★クインシー・ジョーンズ

80年代その2。

このシリーズを続けてみようかと思うけど、わからない。

80年代の音楽がとにかくイイんだわ、私にとっては。

short.hatenadiary.jp

 

高校を卒業し、札幌で学生をやるという合法的な家出というか、親元を離れることに成功したころ、当時のディスコでは「愛のコリーダ」が流行っていた。

 

「愛のコリーダ」といえば、大島渚の映画。

ご存知の方も多いと思うが、この映画は、1936年(昭和11年)5月18年、東京都荒川区で阿部定(当時32歳)という女が、愛人の料理店主・石田吉蔵(42歳)を絞殺し、ポコチンを切り取り、持ち歩いて逃げたという前代未聞のあまりにも有名な猟奇殺人事件をテーマにしたものである。

石田吉蔵は桃色錦紗の腰紐で絞め殺されており、敷布団がどす黒い血で染まっていたのは”あそこ”が切り取られていたからだった。

敷布に「定吉2人キリ」と書かれていたのも有名な話。左腕にも「定」という字が書かれていたが、これは鋭利な刃物で刻まれていたものだったらしい。

こんな猟奇的な殺人事件についての詳細をこれ以上書いては、

ツイッターなら「このツイートは、センシティブな内容が含まれている可能性があるため表示できません。」となりそうな阿部定と石田吉蔵の話。

この事件はまさに、昭和最大の猟奇事件でたくさん本にもなった。

いろんな見解があって、一途に男を想う"阿部定の究極の純愛"として語られることもある一方で、独占欲、境界性パーソナリティ障害で自己愛性パーソナリティ障害であり、阿部定自身がヒロインみたいな感覚で、純愛なんかではなく、相手なんか関係ない自己愛だとするものなどあり、とにかく殺されてあそこを切り取られるのはまっぴらごめんだと思った。

クインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ」という曲名もこの映画からきていることは言うまでもない。

阿部定のこの事件は昭和の戦前の話なので、リアルな驚きなんてあるはずもないが、最近マジで驚いたのが、交際していた3人の男性を殺害したとして死刑が確定した木嶋佳苗死刑囚(44)の話だ。

どうみても美人じゃないこの女。なんと獄中で3度目の結婚をしていた。

相手は週刊新潮のデスクで40代前半の長身のイケメン。木嶋の「遺言手記」の担当記者で、木嶋のブログ「木嶋佳苗の拘置所日記」に、既婚者の「王子」としてたびたび登場していた人物。(そんなブログあるとは知らんかった)

週刊新潮のデスクは妻子いるのに離婚してまでこの死刑囚と結婚だよ。

わけわからんよホント。全くシンジラレナイ!

いくら、男と女は理屈じゃないとはいえ、妻子を捨てて死刑囚である殺人鬼と結婚。その事実をスクープしたのが週刊文春。まあ、それはいいとしても、木嶋死刑囚は何の魔法があるんだ?

絶対、悪魔の実の能力者だと思う。

クール&ザ・ギャングの「セレブレーション」

私の年代はやはり80年代が一番いかった時代だ。今でもこの時代の音楽がいい!

って、突然何よ!?って感じだけど。

 

この曲は札幌の学生時代を思い出す数々の名曲の中の一つ。

クール&ザ・ギャングの「セレブレーション」。

今でもテレビのバックで流れたりする。

ウィキペディアに書いてあることほどもこのグループについては詳しく知らないが、18歳以降の自分の中に残っている名曲だ。この曲が一番好きだったというわけではない。何十曲もまだまだイイ曲がある。今この曲を思い出しただけである。

ディスコなのだあの頃は。

この曲がヒットしたのは80年~81年にかけてで、もう40年近く前の話なんだな~。

柔道部は練習でうさぎ跳びやっていた時代だ。

このころは「オレたちひょうきん族」が放送開始され、土曜の夜の主役が「8時だよ!全員集合」からひょうきん族にかわるのだ。

札幌での学生生活が始まって、瞬く間にススキノに出向くようになり、当時のディスコでかかっている音楽が生活のすべてに浸透し、一番音楽を聞いていた時代だ。当時カセットテープに録音しまくったことを思い出す。いまでも、家のどっかにほこりかぶって眠っていると思う。眠っているどころかもう死んだかな。カセットデッキはもうない。ラジカセがあったかもしれない。それも何年も動かしていない。コンセントをさせば、生き返るかな。

そうだ、10連休の初日は、家の古いものを片付けよう。断捨離だ。

でも、あの時代のカセットを見つけたら、捨てることはできないなきっと。

断捨離は、まだ使えるものは捨てるべきらしい。まだ使えるは、もう使わないとほぼ同じで、現に使ってないものだ。まだ使えると思って捨てないから片付かない。

家族信託 100万円もかかるの!?

NHKを何気なく見ていたが、これは考えないとヤバイと思った。

自分の親が認知症になった場合、恐ろしいことが起きる。

認知症などで本人の判断能力がない場合は口座も凍結され、不動産の売買もできなくなるのだ。

そうなれば、認知症になった親を施設に入れるとしても、その費用全部を子供が用意できるならいいが、認知症になった本人の預貯金や不動産を売ったお金で工面しようと思ったら、家族信託を手続きしておかないとだめなのだ。

じゃあ、その手続きすればいいだけじゃんって簡単に思ったが、NHKでは専門家に頼むとその費用は約100万円って言ってた。(不動産あるなしで幅がある)

100万円!?高っ!!

その費用を考えると「え”~!」って思う。急に思考回路から抹殺しかかった。

それで考えた。自分で書類作成し自力で手続きすればいいんだ。

そうすると法務局などにかかる費用は10万円程度のようだ。

だけど、最大の問題は、その知識も何もない空っぽの頭で、ちゃんとした手続きができるかどうかだ。

たぶん、できない気がする。

ズブの素人ができるほど簡単じゃないようだ。まだあまり浸透していない制度だということもあって専門家ですら得意でない人がいるらしいので、私のようなド素人では高すぎる壁だ。

さらに、失敗や不備があった場合のリスクもあるようで、結局大けがをすることになりそうで怖い。

でも、世の中、今までみんなどうしていたの?

とっくに認知症の最強軍団みたいなこの国で、口座凍結などの憂き目にあって、認知症の家族が遭遇する大問題であったはずだよね。

そうか、若いうちは親もまだ若いので認知症の対策を現実問題とせず、気にせず見過ごしていたということなのか。

そうとう呑気だったということだ。

家族信託ぐらい当たり前の常識だったのだろうか?でもそうは思えないけどね。

弁護士事務所の宣伝だって、過払い金返還やB型肝炎の宣伝がほとんどで家族信託なんてあったか?

NHKによると成年後見人制度も利用している人はごくわずかといっていた。

家族信託も成年後見人制度もあまり利用してないようだけど、ホント今までの人はどうしていたの?ちゃんと知っていた人は対策できただろうけど、無知な人たちは相当な数いたはずで、困った人がものすごくいたはず。

まあ、いいや。とにかく、この問題に自分に直面してるなと思った。

至急、対策を講じねばならんようだ。

人生はめんどくさい。

北海道幌加内町「八右エ門」手打ちそば 美味し!

北海道雨竜郡幌加内町は、そぼで有名な町で、なんとも穏やかです。

人口が1500人。

でも、アホみたいに縦長に広大な町で、日本で1・2を争う人口密度の低い町。

今日は町長・町議選の告示日ですが、この幌加内町も今日だけはちょっと賑やかとまでも行かないが、選挙カーの声が聞こえます。

これだけ穏やかな町では、なんか賑やかなんでしょうね。

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そばの町ですが、人口も少ないこともあって、そばを食べれる店はほんの数えるほど。

その中でここ「八右エ門」は知る人ぞ知る人気店だ。

私は店主の人柄に惚れています。

地元産の選りすぐりの石臼挽き粉を使用した手打ちそば。

おススメは2色天もりそば。天ぷらと細打ちの2:8そばと太打ちの10割の田舎そばが一度に味わえる絶品なのだが、今日は「冷やしたぬき」にした。

店主が海老天をサービスしてくれた。

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人のいない町だが、夏場、この店は行列ができる。

だって、美味いもね。

私は、もともとそばはあまり食べる方ではなく、麺類となればラーメン一辺倒です。毎週土日のどちらか、又は両日の昼はラーメンを食べるラーキチです。

ここ八右エ門のそば食べると、わざわざ休みの日に他のそば屋に行く気が起きない。

ラーメンは食べたいという欲求が沸き起こるけど、そばではふつう起きない。でも、ここのそばは別。

昨年の暮れからつい先日まで店主の奥さんのけがなどで休業していたが、4月5日に再開した。

店主も高齢なので再開を危ぶんでいたが、うれしい再開となり食べに来た次第です。

車を走らせてここまでくる価値のあるそばであるよ、八右エ門さんは。

ゴールデンウイーク10連休問題

調査機関によってまちまちだが、10連休になるのは3~4割程度らしい。調査によっては約25%というのもあるし、50%に近いのもある。結局のところわからないが、10連休になるのは間違いなく半分以下のようだ。

公務員や大企業ぐらいじゃないの10連休になるのは?

でもね10連休といっても人は生まれるし、人は死ぬ。そうなれば当然役所の手続きが必要だ。職員も交代で出てるだろう。事故も起きるし、犯罪も起きる。消防署も当然普通に出勤だ。警察が10連休とってどないすんねんって話だし。公務員は休めるなんて思ってる人は世の中をわかってない証拠だ。

交通、宿泊、飲食、レジャーなど観光関連の全事業はほぼ稼働する。メディア・マスコミ関連も休むわけがない。新聞も配達される。病院も外来は休診だとしても大きな病院は入院患者がいる。連休になるとみんな元気になって退院するなんてことがあるわけがない。介護施設も同じだ。私の妻も看護師だが10連休は無理だと言っている。デパート、スーパーも休むわけがないのでその関連業種も稼働するし、電気・ガス・水道だって全員で休めるわけもない。まあ、そんなこんなで、10連休といっても、10連休じゃない人の方が多いのだ。

世のおじさんたちの中には、10連休が憂鬱だという人はゴマンといる。

なにをしていいのかわからない。することがない。なおさら孤独を感じる。仕事している方がいいという人もいるし、実際、仕事に支障が出る人もいる。

私自身、これだけ稼働日が減ると、会議の日程さえ確保しずらく仕事が詰まって実は全然ありがたくはないのだ。リフレッシュどころか仕事の心配の方が膨らむばかり。そういう自分の性格が嫌だけど仕方がない。だからといって、休みなし!といわれて仕事になるのもイヤだし。大型連休はこういう矛盾が起きてイヤだ。

たぶん、サラリーマンにとって一生に一度の公的な10連休。海外旅行はGW史上最高かもしれないが、だからと言ってみんなが旅行するわけではない。そんな優雅な人は少数なのだ。

旅行や帰省に民族大移動だろうが、6割以上の人は自宅でのんびりらしい。

結局、特にやることない人の方が多いのだろうか?いや、好きでどこにも行かず家でのんびりしたい人もいるし、それはそれでいい。好きにすればいいのだ。

連休だからと言って、何かしないといけない、どこか旅行しないといけない、リア充で楽しまなければいけないとまるで取りつかれてる人がいるけど、大変だね。誰がどこで何してたからといって、自分には関係ない他人事。自分の好きなようにすればいい。 

SNSに投稿するために、いろんな人と予定びっしり入れて、リア充なピカピカの自分を見せたい人もいるだろう。まあ、それも好きでやってて、それで満足するならやってればいい。そんなことして、むなしくないか?とか疲れないか?とかどうでもいい。バカバカしいと思うけど、やってる本人がよければ何もいうことはない。

みんな自己承認欲求で出来てますから、楽しいようなつまらんような。

まあ,とにかく結局は丁寧に自分の時間を生きればいいのだろうよ。

 

桜田おじさん

ランチを待つ間、今週を振り返る。

ブラックホールの画像を人類で初めて見たわけだが、今週はやはり桜田でしょう。

ホントになんでこんな人が大臣だったのか?

桜田大臣について、ここまでは完全に実力以上のポストを任命され、毎日ドギマギしてる桜田氏のドジぶりに呆れる楽しさ、楽しさと言っては語弊があるが、コメディータッチな答弁での数々の言い間違いは下手なお笑いより面白かった。大臣としては圧倒的な存在感があった。

池江選手へのがっかり発言は痛かったが、マスコミの切り取り方や取り上げ方でやられているという感じがあったけどね。でも今回は完全とどめの自爆失言。

今まではダメおやじのバカ発言だといちいち目くじら立てる気さえ起きず、またやらかしてるよって感じで呆れて怒る気もしなかったが、今回の「復興以上に大事なのが・・・」発言。復興五輪と銘打っている五輪の大臣が、というよりも、まともな人間として、考えつく言葉とは思えない発言でついに即刻退場につながった。

見事な墓穴を掘って自ら入り埋めるという土木技術をもっていた桜田氏。

あっ、お待ちかねのカツ丼がきたので終了。

混んではいたが、なんぼ待たせるの!

いただきま〜す。

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とにかく詳しいことがわからない。

新元号が「令和」になってSNS界隈のみならず大盛り上がりだったようです。新年のあけおめよりすごかったと聞いて、やはりなんか国がひとつになり、国民が注目した1日だったのは間違いない。まあ、こういう盛り上がりがあると必ず「そんなに騒ぐことか?」って偏屈があっちこっちにいるけどね。

書店では万葉集ブームになりそうだし、その他いろんなところで経済効果もあるだろう。

やはり日本人には元号があった方がいい。賞状とか卒業証書も元号でないとしっくりこない。

新元号が決まって1日たったわけだが、もう私は「令和」になじんでおります。

4月1日は新元号が決まり、その日は世間では入社式。大手、中小を問わず企業の入社式でした。

私の甥っ子も東京のある有名企業に入社し、新社会人になる。そういう日でした。私も、甥っ子が今日から社会人か~と感慨深くこの日を迎えたわけです。

甥っ子は私の息子より一つ上。同じ大学で、生まれた時から兄弟のようなもの。

しかし、なんと、信じられない事態になった。

3月31日、入社式のため東京へ。

4月1日、東京本社で入社式。

ところが、あろうことか入社式に出ないで会社辞めたとのと。

甥っ子の母親から大泣きで妻の携帯に電話があったそうだ。

ちょうど就職祝いのお返しが家に届いていた。(不在連絡票でわかった)

それを聞いた私も、まさに「青天の霹靂」、略して「せいへき」など言ってる場合ではない。

大変ショックを受けた。

エイプリルフールの冗談ではないのかと聞いたが、そうではないようだ。

どうしたんだ?甥っ子。

何があったんだ!?

どどうするんだ、おまえ。

とにかく詳しいことがわからない。こりゃ親、寝込むわ。

この年になっても、何かがわかるということが楽しい

今年の京都大学の卒業式で学部代表になったのが、62歳のオッサンだ。

そのオッサンがこう言っていた。

「この年になっても、何かが分かるということが楽しい」

これホントそう思うんだよね。

最近、昔のように飲みに行くこともなければ、べつに人と一緒に何かをするよう趣味も楽しもない。だからといって、休日や余暇がつまらないというわけでもない。

そりゃ、週末は気の合う仲間とわいわいがやがや楽しく酒飲んだり、何か同じ趣味を楽しむというのは、楽しいに決まっている。自分でもそういう条件がそろっていれば、そうやって楽しい方がいいに決まってる。

しかし、べつに言い訳ではないが、自分はとてもそんな環境ではない。

特養に認知症で寝たきりの母がいて、仕事は毎日往復80キロの自動車通勤で残業の毎日、妻も超忙しく、妻の母は昨年右足を切断する大けがをして自宅で介護。妻は朝7時に家を出て人手不足の看護師の仕事、勤務後実家で母親の介護、そして毎日10頃帰宅という結構なリアル地獄の毎日で、家事の大部分は私が引き受けてやっている。そんなもんで、自分の時間なんて、私も妻もほとんどゼロの日々。

幸いその中でも私は週休2日なので、暇な時期は土日は休み。その土日は特養にいる認知症の母の見舞いに行きますが、休みのすべてを母に費やすことはできません。

3月の前半は休みなく土日も仕事だったが、今回は休み。

朝、5時半に起きてしまい、7時半ごろから午前中は勉強。勉強といっても、最近の楽しみというべきものだ。

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この本は面白いね。会計の世界史だが、中世以降のいろんな歴史が再度学べる良書だ。仕事上、会計学なんて関係ない人でも、面白いと思う。

何が面白くて読み進めてしまうのかというと、ただ単に、分かることや知ることが楽しいのだ。

人の楽しみはいろいろ。私の今の、そしてこれからも楽しみは本だね。小説も好きだ。小説はこの世に無限にあるもね。なくならない楽しみの対象。

何か知らないことを知るというのは楽しい。

「会計の世界史」をひとことで紹介するとすれば、けっこう人に言いたくなるようなウンチクが散りばめられてる。

イチローが引退し、平成も終わるし、私の時代も終わった

この世に私の時代があったわけではないが、なぜか左足が痛かったり、何を取りに2階に行ったか忘れたり、指が乾燥してスーパーのレジ袋がめくれなかったり、何か空中に飛んでるものが見えたり、ハズキルーペ買ったり、どう考えても私の時代は終わった。というより、私は終わった。

そんな終わった人間が、若いお姉ちゃんとホテルに行きたいなどと考えてはいけない。いつどこで心不全になったり脳卒中になるかわからないからね。

トシなんだと初めて感じたのは、プロ野球選手が年下だったときだ。

小学生の頃は王・長嶋のV9時代の巨人軍のファンだった。でも、選手みんなオッサンだった。うちのオヤジみたいなオッサンだったはずだが、気が付くと、自分と同世代が活躍しだし、そのうちスター選手全員が年下になった。時の流れとはこういうものかと思った。

自分は完全にトシだと現実を突きつけられたのは、なんといっても「熟女」が年下だった時だ。

僕、なんか変なこと言いました?

まあ、トシの話しはどうでもいいが、イチローの記者会見には多くのイチロー語録ができたよね。ここで、その語録を取り上げることはしないが、昨日というか今朝、こんな夢を見た。

イチローを見送る球場のスタンディングオベーション、そしてあの会見。

その会見が引退会見でなく、

「僕は、引退しませんよ。」だった。

引退、すんのかと思ったら、せーへんのかい!

すんのかと思ったら、せーへんのかい!

すんのかい、せんのかい!

で目が覚めた。

 

会見最後の言葉を刻んでおきます。

 孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。

家族の幸せは、ママの笑顔でできている

母親は子供に対して、無償の愛を持っているものだが、それ以上に、子供は母親に無償の愛を持っている。無条件に母親を愛しているのだ。

今日の王様のブランチで紹介されたウェブCM。

お母さんの涙に僕は簡単にもらい泣きする。

 

ママの笑顔ほど子供を幸せにするものはないだろう。

なのに、子供を虐待するニュースが後を絶たない。

多くの割合で、母親の連れ子をろくでもない男が虐待するケースが多い。その男に逆らえず、自分の子供を守れず、自分の身の安全を優先する状況に陥る母親も多い。中には、自ら虐待していまう母親もいる。まさに異常事態だ。

そういう虐待のニュースは、どんな事件事故、政治や国際問題、経済の問題より僕は心痛んで頭が変になりそうになる。

子供の涙ほど心を痛めるものはない。

どんなに虐待されても、子供は母親を求め愛しているのだ。愛されたいのだ。

子供には何があっても笑顔だよ。

存分の笑顔を注ぐことだと思う。

子供の幸せが、ママのゆるぎない一番の幸せでしょ。

笑う門には福来るって、これ絶対マジで真実だよ。

スマホやパソコンで、目が乾いている人へ、目が潤います。

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