短い雑記

オッサンの短い雑記です。含蓄のある事、書けと言えば書けますよ。

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ずっと応援してたんだよ

80年代の音楽を懐かしく思い、前回前々回は書いたが、平成がもう終わろうとしているので、ほんの一部だが平成で心に残っている楽曲を書いてみようかな。連休初日だし、ビール飲んでるし。

とにかく平成で心に残っている曲も思い起こせばたくさんあるのだが、一番泣けた曲にしよう。

GReeeeNのキセキだ。

 

この動画にように息子が野球少年団で頑張っていたことを思い出す。

うちの子は、4年生の終わりごろから野球少年団に入った。その年のシーズンが終わってからの入団なので、実際は5年生と6年生の時の2シーズンしか小学校ではやっていない。

もともと才能があるわけでもなく、体も小さく、身体能力が高かったわけでもないのに人より遅く野球を始めたものだから、同級生はもちろん下級生にも及ばなかった。練習試合には出たことはあったが、大きな大会や大事な試合は6年生でただ一人試合に出させてもらえなかった。結構強いチームだったので、お父さんお母さんも盛り上がっていた。

しかし、うちの子だけは試合に出れず、チームが勝って帰ってきても、悔しそうに涙をこらえながら無言でユニホームを着替える息子。なんと声をかけていいのかわからなかった。その姿にいたたまれない思いをしたものだ。

でも同級生はみんな息子のことを応援してくれた。うちの子がいないと野球をしたくないという子もいた。ホントにやさしい子たちのいいチームだった。なんと言っても監督がいい人だったし。

卒団式は、泣けた。卒業式より泣けた。

監督が卒団証書を手渡すとき、涙ながらに一人一人に最後の言葉をかけた。

うちの子には、オマエの野球の本番は中学からだ。中学行ってからもずっとお前を見てるからあきらめずがんばれと言ってくれた。

その言葉を胸に息子は中学ではレギュラーポジションをとり、頑張った。

GReeeeNのキセキを聴くと、毎晩素振りをする姿を思い出し、頑張ってる姿を思い出し、泣けるのだ。

中学3年の最後の試合。

中体連、地区予選から順調に勝ち上がり、全道大会まであと一歩のところで敗れ、終わった。

最後から2番目のバッターだった。1-0でリードされた最終回、1アウトランナーなし。フルカウントまで粘ったものの、最後は空振りの三振だった。思いっきり振った三振だった。最後のバッターも三振でゲームセット。息子が泣いているのが分かった。

ブラスバンドの応援があり、そのメンバーの中に、息子より1つ下のさくらちゃんがいる。幼稚園に入る前から近所でいっしょに遊んでいた子だ。そのさくらちゃんが泣いているのを見たとき、私の涙腺が崩壊したのを思い出す。

球場横でラストミーティングが涙涙で終わり、応援にきていた母さんたちも泣いていた。

全部終わり、家に帰り、息子が言った。

「父さん、悔いはないわ。」

その一言に、涙腺が崩壊した。

やりきったんだな、オマエって感じだった。小学校の時の悔しい思いから、よくここまでがんばった。そう思い泣けた。

今でもあの言葉、あの顔を思い出すと泣ける。

そして、中学の卒業式。さくらちゃんからの短い手紙。

どのタイミングでもらったのかは知らないが、さくらちゃんが手渡してくれたのだ。

小学校、中学校と同じ学校に進んだが、それぞれ友達ができ、それぞれ野球と吹奏楽という別々の活動に進み、中学では話す機会もなかったようだが、最後に手紙をくれたのだ。

「ずっと、応援してたんだよ」

それを妻から聞いたとき、泣けた。

「応援してたよ」じゃなく「応援してたんだよ」。

このちょっとした違いに、すべてが。

あ~もう、ダメだこれ以上書けない。