短い書評

名乗るほどのものではないオッサンの短い書評です。

朝井リョウ著「イン・ザ・メガチャーチ」の書評

――人はなぜ「推す」のか。そして、なぜ「信じる」のか。

朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』は、一見すると「推し活」を題材にした小説である。しかし読み終えたとき、読者の胸に残るのはアイドルやファンダムの話ではない。人間が何かを信じ、何かに救いを求め、そして時に操られてしまう構造そのものへの鋭い問いである。

物語は、アイドルビジネスを仕掛ける側の中年男性、居場所を求める若い女性、そしてかつて熱狂的なファンダムに属していた女性という、異なる立場の三人の視点から進んでいく。彼らはそれぞれ孤独や不安、生きづらさを抱えている。だからこそ「推し」や「コミュニティ」に惹かれ、その中に居場所を見つける。だが、その救いは同時に危うさも孕んでいる。

本作で特に印象的なのは、「推し活」と「宗教」を重ね合わせる視点だ。

タイトルにある「メガチャーチ」とは巨大教会を意味するが、作中に教会はほとんど登場しない。代わりに描かれるのは、推しを布教し、仲間を増やし、共同体への帰属意識を高めるファンダムの姿である。読んでいるうちに、「推し」を「神」に置き換えても成立することに気づき、背筋が寒くなる。人は合理性だけでは生きられず、物語を必要とする生き物なのだと痛感させられる。

朝井リョウの真骨頂は、現代社会の空気を言語化する能力にある。

『桐島、部活やめるってよ』ではスクールカーストを、『何者』では就職活動を、『正欲』では多様性社会の息苦しさを描いた。そして本作では「ファンダム経済」と「物語による支配」を切り取った。読者は登場人物を眺めているつもりが、いつの間にか自分自身を見つめることになる。SNSで誰かを支持し、ある意見に共感し、コミュニティに所属する私たちもまた、この巨大な「メガチャーチ」の信徒なのかもしれない。

読みながら何度も感じたのは、この小説には悪人がほとんどいないということだ。誰もが救われたくて、認められたくて、居場所が欲しいだけなのである。しかし、その純粋な欲求こそが、人を熱狂へ導き、時には思考停止へと追い込む。その過程が恐ろしいほどリアルに描かれている。

『イン・ザ・メガチャーチ』は「推し活小説」ではない。

それは現代日本に生きる私たち自身の物語であり、「あなたはいま何を信じていますか?」と問いかける社会小説である。読み終えたあと、自分が属しているコミュニティや、日々無意識に受け入れている価値観を見直したくなる。朝井リョウがまたしても時代の標本を作り上げたことに驚かされる一冊だった。

評価:★★★★★(5/5)

「推し活の話だと思って読み始めたら、最後には“人間はなぜ物語を必要とするのか”を考えさせられる。」そんな読後感を残す、朝井リョウの代表作の一つと言ってよいだろう。

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『凶犬の眼』書評

――正義とは何か。男たちの矜持が火花を散らす警察小説

柚月裕子の『凶犬の眼』は、前作 孤狼の血 に続くシリーズ第二作である。主人公の日岡秀一は、前作で暴力団担当刑事として成長したものの、今作では県北の駐在所へ左遷され、くすぶる日々を送っている。そんな彼の前に現れたのが、指名手配中のヤクザ・国光寛郎。ここから物語は一気に加速していく。

本作を読んでまず感じるのは、「誰が善で誰が悪なのか分からない」という独特の魅力である。

警察は正義、ヤクザは悪――普通ならそう割り切れる。しかし柚月裕子はそんな単純な図式を許さない。警察にも保身や権力闘争があり、ヤクザにも仁義や誇りがある。特に国光という男は犯罪者でありながら不思議な魅力を放ち、読者は気づけば彼の生き様に引き込まれてしまう。

日岡もまた前作の「新人刑事」ではない。死んだ大上章吾の影を背負いながら、自分なりの正義を模索している。彼が法律と現実の狭間で苦悩する姿は実に人間臭い。『孤狼の血』が大上という破天荒な刑事の物語だったとすれば、本作は日岡が自らの牙を研ぎ、「孤狼」へと変貌していく成長物語とも言えるだろう。

また、本作の魅力は圧倒的な緊張感にある。

派手な銃撃戦やアクションに頼るのではなく、「この男は敵なのか味方なのか」「次に裏切るのは誰なのか」という心理戦で読者を引っ張る。そのためページをめくる手が止まらない。まるで広島の裏社会を実際にのぞき見しているような生々しさがある。『仁義なき戦い』の世界観と本格警察小説が融合した作品と評されるのも納得だ。

一方で、本作は単なるハードボイルド小説ではない。

物語の根底にあるのは「男は何のために生きるのか」という問いである。出世のためか、組織のためか、仲間のためか。それとも自分の信念のためか。登場人物たちは皆、不器用なほど自分の信念に執着している。その姿は時代遅れにも見えるが、だからこそ胸を打つ。

読み終えたあとに残るのは爽快感だけではない。正義とは何か、忠誠とは何か、そして人間は何に人生を賭けるのかを考えさせられる深い余韻である。

『凶犬の眼』は、警察小説としても極道小説としても一級品だ。しかしそれ以上に、「信念を持って生きる男たちの物語」として読むべき作品だろう。日岡秀一という男が真の孤狼へと成長していく過程は圧巻であり、シリーズファンはもちろん、本格エンターテインメントを求める読者にも強く薦めたい一冊である。

 

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『夏の庭』を読んで

湯本香樹実の『夏の庭』を読んで、私は「生きること」と「死ぬこと」について深く考えさせられた。この物語は、小学生の三人の少年が、近所に住むひとり暮らしの老人を観察することから始まる。一見すると少し変わった冒険のようだが、読み進めるうちに、人と人とのつながりや命の尊さが描かれた心温まる作品であることがわかった。

特に印象に残ったのは、少年たちが老人と交流を深めていく場面である。最初は「人が死ぬところを見てみたい」という子どもらしい好奇心から近づいたが、やがて老人の庭の手入れを手伝い、一緒に時間を過ごす中で、老人を大切な存在として感じるようになっていく。その変化がとても自然に描かれていて、人との出会いが人を成長させるのだと感じた。

また、老人が過去の戦争体験や人生について語る場面からは、誰にでも長い人生の歴史があり、それぞれに喜びや悲しみを抱えて生きていることが伝わってきた。子どもたちが老人を通して人生の重みを知っていく様子は、とても感動的だった。

この作品の題名にもなっている「庭」は、ただの庭ではなく、命や再生の象徴のように思えた。荒れ果てていた庭が少年たちと老人の力で美しくなっていく姿は、人の心が交流によって豊かになっていく様子を表しているようだった。

『夏の庭』は、死をテーマにしながらも暗い物語ではなく、生きることの素晴らしさや人との絆の大切さを教えてくれる作品である。私も日々の出会いを大切にし、自分の人生をより豊かなものにしていきたいと思った。そして、いつか自分が年を重ねたとき、この物語をもう一度読み返してみたいと感じた。

夏の庭―The Friends | 香樹実, 湯本 |本 | 通販 | Amazon

書評『知られざる天才 ニコラ・テスラ』新戸雅章著

世の中には「偉人」と呼ばれる人物が数多く存在するが、その中でもニコラ・テスラほど評価が時代によって大きく変わった人物は少ないだろう。新戸雅章著『知られざる天才 ニコラ・テスラ』は、交流電力システムの確立など現代社会の基盤を築きながらも、長らく歴史の表舞台から忘れられていた発明家ニコラ・テスラの生涯と業績を丁寧に描き出した一冊である。

本書の最大の魅力は、単なる伝記ではなく、テスラという人物の「天才性」と「人間的な弱さ」の両面を描いている点にある。一般には発明王として知られる ニコラ・テスラ だが、本書を読むと、彼がいかに常人離れした想像力を持っていたかがわかる。頭の中だけで機械を設計し、完成形を思い描くことができたというエピソードは驚異的であり、まさに天才の名にふさわしい。

一方で、テスラは優れた事業家ではなかった。交流電力の実用化という偉業を成し遂げながらも、事業面ではしばしば失敗し、晩年は孤独な生活を送ることになる。本書は、発明の才能と社会的成功が必ずしも一致しないという現実を読者に突きつける。現代でも優秀な研究者や技術者が必ずしも経営者として成功するわけではないことを考えると、その姿は決して他人事ではない。

また、本書を通じて興味深いのは、テスラと トーマス・エジソン との関係である。世間では両者はライバルとして語られることが多いが、本書は単純な善悪や勝敗の物語ではなく、異なる才能を持った二人の発明家として描いている。技術革新の歴史は、一人の英雄によって作られるのではなく、多くの人々の競争や協力によって築かれることがよく理解できる。

文章は平易で読みやすく、電気工学の専門知識がなくても十分楽しめる。むしろ、科学史や人物伝として読むことができるため、理系・文系を問わず幅広い読者に勧められる内容である。

本書を読み終えて感じるのは、歴史とは必ずしも功績の大きさだけで人物を記憶するわけではないということである。テスラは現代の電力社会を支える重要な発明を数多く残したが、その名は長い間エジソンほど知られてこなかった。しかし近年になり再評価が進み、ようやくその偉大さが広く認識されるようになった。

『知られざる天才 ニコラ・テスラ』は、単なる発明家の伝記ではなく、「天才とは何か」「成功とは何か」を読者に問いかける作品である。技術革新が社会を大きく変える現代だからこそ、多くの人に読んでほしい一冊だ。テスラの生涯は、華やかな成功談ではなく、理想を追い続けた一人の夢想家の物語として、深い余韻を残してくれる。

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