いつものように、理不尽な仕事と理不尽な上司に挟まれ、すっかり魂が擦り切れた状態でスマホを眺めていた。ネットの海は、今日も誰かのスキャンダルで大荒れである。
今回はプロ野球・阿部監督に関する週刊文春の記事だ。 内容の真偽や野球界のドロドロについては専門家に譲るとして、僕がどうしても首を傾げ、そして少しゾッとしてしまったのは、その「情報源」についてである。どうやら児童相談所や警察といった、本来なら鉄壁の守秘義務を課せられているはずの公的機関からのリークが疑われているらしい。
これについて、世間では「組織の隠蔽を暴く正義の告発だ」とか「いやいや守秘義務違反で完全な犯罪だ」とか、喧々諤々の議論が起きている。
僕の感想をひと言で言えば、「人間、やっぱり秘密を守るのって無理なんだな」という、深い諦念である。
正義という名の免罪符、あるいは自己顕示欲
児童相談所も警察も、僕ら一般人からすれば「お堅い組織」の代表格だ。 そこで扱われる情報は一級品のプライバシーであり、漏洩すれば自分の職も人生も詰む。そんなことは、そこで働く頭の良い人たちなら百も承知のはずである。
それでも漏れる。なぜか。 理由は大きく分けて二つくらいだろう。
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「組織が動かないなら、自分が世間に知らしめてやる」という歪んだ正義感
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「俺は誰も知らない巨悪の秘密を知っている」という歪んだ自己顕示欲
特に厄介なのは前者だ。 本人はダークヒーローのつもりかもしれないが、ルールを破って情報を切り売りしている時点で、やっていることはただの裏切りである。正義感が暴走した人間ほどタチの悪いものはない。僕を夜中の3時まで説教しながら「お前のために言ってやってるんだ」と宣う上司くらいタチが悪い。
文春という名のブラックホール
それにしても、週刊誌の引力は凄まじい。 児相の職員や警察官といった、国家権力や法律の重みを知る人間たちが、記者の前では「クラスのウワサ好きの女子」みたいにペラペラと秘密をしゃべってしまうのだから。
どんな人殺し(比喩です)のテクニックを使ったら、公的機関の守秘義務を突破して情報を引き出せるのだろうか。我が社の営業部に、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいである。彼らなら、競合他社の極秘見積もりなんて朝飯前で取ってくるに違いない。
冗談はさておき、僕たちが信じている「公的な防壁」が、実は「人間の口の軽さ」という極めてアナログな脆弱性によって簡単に崩壊するという事実は、なかなかにホラーである。 僕らの明かされたくない秘密も、どこかの誰かの「正義感」や「お小遣い稼ぎ」のために、明日には誌面を飾っているかもしれないのだ。
凡人であることのセーフティネット
児相や警察からのリークは、システムとしては大問題だし、到底擁護できるものではない。 だけど同時に、「人間はどこまで行っても、秘密を抱えきれない哀しい生き物なのだ」という身も蓋もない現実を突きつけられた気がする。
どんなに強固な組織に属していても、人は誰かに話してスッキリしたいし、誰かに認めてもらいたいのだ。
まあ、僕の「会社の経費でちょっと高いボールペンを買った」という程度の秘密なら、文春も1文字たりとも誌面を割いてはくれないだろう。そう考えると、何の後ろ盾もない、誰にも注目されない凡人でいることこそが、現代における一番の安全保障なのかもしれない。
こうした公的機関からの情報漏洩が常態化していく社会について、あなたはどう考えますか?